人口8万5000人の街が提供するスポーツツーリズム
2016年05月07日 コラム 地域振興/社会貢献 Written by 谷口 輝世子
カナダのカムループスという街へ行ってきた。日本代表も出場した女子アイスホッケー世界選手権2016を取材するためだ。
私が乗った飛行機が着陸したカムループスの空港は、小さな駅舎のような大きさの平屋建て。乗降口は2つしかない。空港から一歩出ると数十台分の駐車場の向こうに小高い山がこちらを見下ろしてくる他に、何も見えない。この光景だけで、とても小さな街へ到着したことが分かった。
小さな空港には「カナダズ・トーナメント・キャピタル」という大きな看板が掲げられていたことが気になった。カナダのトーナメント・キャピタルとは何なのか。どのような街なのだろうか。
日本代表が試合をしたマッカーサー・アイランド・パークへ着くと、会場玄関の電光掲示板に、このスポーツ公園だけで年間で約50ものトーナメントを開催しているという文言が点灯していた。
建物の中には、アイスリンクが2面あり、世界選手権と同時に、カナダのブリティッシュコロンビア州の優勝チームを決める試合が行われていたらしい。カーリング用のスペースもあった。
試合会場では、揃いの青いシャツを着たボランティアたちが世界選手権運営をサポートしていた。入場券やパンフレット販売の手際が良い。大会ボランティアとして慣れているからだろう。青いシャツを着たボランティアガイドに「トーナメント・キャピタル」について尋ねると、あらかじめ用意された市の資料を繰りながら、詳しく説明してくれた。
アイスホッケーはカナダのお家芸で、カムループス市はそのカナダのトーナメント中心地である。とはいえ、「トーナメント・キャピタル」については、アイスホッケー大会の開催地だけを指しているのではないそうだ。なるほど、このアイスリンクの裏手には広大な芝生が広がり、野球場だけで10面、サッカー場が数面、スケートボード専用スペースもあり、野球、サッカーなどものトーナメントも多数開催している。
アイスリンクの裏には、野球場とサッカー場が広がっている
市の人口は8万5000人だが、市内には多くのスポーツ施設があり、トーナメントは水泳、陸上、ゴルフ、バスケットボール、レスリング、カーリング、体操などさまざまな競技種目に及ぶ。自然豊かな土地柄を生かしてマウンテンバイクなどの大会もあるという。2010年には年間で100以上のイベントを開催し、選手、関係者、家族、観戦に訪れた人が3万人以上いた。昨年の資料でも2万5000人以上となっている。カムループス市が発表しているデータによると地域への経済効果は年間で約1000万カナダドル(約8億6000万円)だそうだ。これらの内容は、市のホームページにも掲載されている。
日本チームのボランティアホストは「1993年にカナダサマーゲームという大会を開催して、それがカムループスのトーナメント・キャピタル・プログラムを発展させるきっかけになったのです。カナダで最もトーナメントを開催している都市かどうか、はっきりとしたデータはありませんが、市の規模から考えると、とても多いとは言えますね」と誇らしげに語る。私がツアーガイドからもらった市の公式資料にもカムループスがスポーツツーリズムを意識し始めたのが1985年で、最初の大きな大会は1993年のカナダサマーゲームとあった。
調べてみると、1980年代にカムループスの住民が、カナダのオカナガン渓谷で開催されたラケットボールのトーナメントに出場した後、このようなトーナメントをカムループ市でも多く開催できないかと、市議会に働きかけたそうだ。市議会で議論の後、カムループスはスポーツツーリズムの街へとかじを切った。1985年7月には市長らが「ブリティッシュコロンビア州のトーナメント・キャピタル」と名乗ることができるように、正式に書類に署名。当初は施設などを映し出したビデオや案内キットを作り、テレビコマーシャルや関連のイベントに広告を出して誘致活動をしていた。
それから約30年、カムループスはトーナメント・キャピタルであり続けている。その後、ブリティッシュコロンビア州のトーナメント・キャピタルからトーナメント・キャピタル・オブ・カナダへと変更もした。2000年代に入ってからは施設をよりよいものにするため、カムループ市は借入金のほか、カナダの国やブリティッシュコロンビア州からの補助金を受けた。市が補助金や借入金でインフラ整備をすると同時に、医療、ボランティア、種目ごとに専門サポートが受けられるように人材面も充実させてきたことが、長期間にわたって成功を維持できている秘訣のようだ。
現在では、トーナメント大会誘致のため、市のホームページは「http://www.tournamentcapital.com/」をリンクさせ、施設の動画を掲載し、競技種目から施設を検索できるようにもしている。各競技の地元の代表者と連絡を取ることができるようにし、これらの地元代表者が協力することもアピール。また、トーナメント主催者の事前準備が簡便なものになるようにと、ホームページから施設の予約、食事の手配をできるようにし、オンライン上でのボランティア募集の方法も示している。
女子のアイスホッケーの世界選手権を開催できる施設を持っているとはいえ、カムループス市では多くの選手が一度にやってくるオリンピック・パラリンピックを開催することは、市の規模から考えて現実的ではないだろう。私はメジャーリーグ、NBA(米プロバスケットボール)、NHL(米プロアイスホッケー)のチームを持っているトロントも何度か訪れているが、このカムループスとトロントとを同じ物差しで比べることはできないとも思う。カムループスにはNHLのチームはない。
しかし、カナダの国内大会や世界マスターズ室内陸上競技選手権、北米のショートトラックスピードスケート選手権やユース、シニア年代も含む大会の会場となってきた実績がある。人口8万5000人の市の大きさに合う中規模や小規模の大会を開催しているのだ。
街の至る所に「トーナメント・キャピタル」のロゴが飾られている
人口8万5000人の市でスポーツトーナメントを数多く招くことは、地元の人たちにとって経済効果以外にもメリットがある。スポーツ施設が常にメンテナンスされるため、それを利用する地域住民にも利益があり、ハイレベルな試合を身近で観戦する機会にも恵まれる。ボランティアとしてトーナメントに関わることによってイベントの一部を担い、新しい技術を身に付け、新たな人との出会いもあるという。ホテルだけでなく、地元の飲食店、小売店にとっても絶好のビジネスチャンス。女子アイスホッケー世界選手権期間中は、入場券を見せることで周辺の飲食店、小売店が割引をしてくれるキャンペーンを展開していた。
女子アイスホッケー世界選手権大会で私が出会ったボランティアの多くは中高年だ。カムループス市のボランティア団体による「ボランティア・カムループス」のホームページでは、ボランティアを必要としている組織をリストアップしている。リストを主催者サイトとリンクさせており、住民たちが主催者サイトからボランティアに応募しやすいなどの工夫をしている。世界選手権のボランティアには若い夫婦もいた。勤務先の銀行が大会スポンサーになっていることもあり、職場でボランティア募集を知ったという。
ボランティア・センターには多くのカムループス市民が詰め掛ける
カムループスは川が流れ、山に囲まれている小さな街。都会の喧騒とはかけ離れた雰囲気を漂わせているが、その一方で、毎週、毎日のように何らかのスポーツイベントやトーナメントが開催されており、元気な市民がボランティアとして貢献していて、落ち着いた中にも活気があった。
ガイドボランティアの一人であるパトリック・モーガンさんは「なぜ、ボランティアをしているのか。カムループスへの愛着や誇りのようなものです。大きな都市に住む人が、その土地に感じる愛着とは少し違うところがあるかもしれませんね」と話す。トーナメントのボランティアガイドは外から来る人をもてなす街の代表者でもある。スポーツツーリズムに力を入れるカムループス市を市民ボランティアで盛り立てたいという気持ちがある。小さな街だからこそ、地域住民の市への愛着や誇りがあふれ、訪れる人を気持ちよく迎えようという姿勢につながっているのだと感じた。
【了】
谷口輝世子●文 text by Kiyoko Taniguchi
1994年にデイリースポーツに入社し、日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のスポーツ事情をお伝えします。著書『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店、『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)、分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)。
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