【セミナーレポート】出版記念!「スポーツビジネス15兆円時代の到来」著者が語る2020以降のスポーツビジネス
2019年08月05日 インタビュー 大会/イベント運営 Written by 深谷 友紀
2016年6月、政府は「日本再興戦略2016-第4次産業革命に向けて-」を閣議決定した。この中で「600兆円に向けた官民戦略プロジェクト10」の一つに「スポーツの成長産業化」という方針が打ち出され、具体的には2025年までにこの産業の市場規模を15兆円に成長させようという計画が発表された。この数字は非常に野心的で、達成には懐疑的な見方をする関係者も少なくない。今回は、株式会社RIGHT STUFF主催セミナー『出版記念!「スポーツビジネス15兆円時代の到来」著者が語る2020以降のスポーツビジネス』(会場:株式会社フォトクリエイト1階セミナールーム)において、『スポーツビジネス15兆円時代の到来』(平凡社)を上梓した森貴信氏が、今後の日本のスポーツビジネスの展望と課題を話した。
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■大企業xMBAxスポーツ 森貴信氏の歩んできた道
まず初めに森氏は自身の経歴を話した。
長崎県出身の森氏は、長崎西高時代は野球を、筑波大時代はテニスをプレーしていた。卒業後、トーメン(後に豊田通商と合併)、トヨタ自動車に勤務。トーメン在籍中に慶応ビジネススクールでMBAを取得した。
ビジネススクール卒業時の修士論文のテーマは「Jリーグの経営」。論文を書き始める前に先行研究を国会図書館にて調べたところ、執筆した2002年当時は、スポーツ社会学などの論文はあったものの、スポーツ経営学の論文は全くなかったとのこと。どうやって書いていいか途方に暮れたものの「もしかしたらパイオニアになれるのでは」とそこは前向きに捉えるようにした。ただ「その当時はスポーツの仕事をするとは全く思っていませんでした」と森氏は当時を振り返る。
契機となったのは、長崎県をホームタウンとするサッカークラブ「V・ファーレン長崎」立ち上げのニュースを出張先の空港ラウンジで偶然目にしたことだ。森氏は即座に連絡を入れ、一度は断られるものの何とかクラブとアポイントをとり、幹部にプレゼンを行って経営に参画することとなった。V・ファーレン長崎には3年在籍し、以降、サガン鳥栖、埼玉西武ライオンズなどを経て独立後、2年前から公募に応募する形でラグビーワールドカップ2019組織委員会チケッティング&マーケティング局 局長(チケッティング担当)に就任した。
■スポーツ業界を普通の業界にする
森氏はパーソナルミッションとして、「スポーツ業界を普通の業界にする」を掲げている。例えば、勤務時間管理がされていない、どちらかというと今でいう「ブラック」に当たるような職場環境が当たり前となっている状況や、製造業でいう「生産設備」に当たる「スタジアム」は行政所有が多いためクラブ側の意図だけでは大規模補修等ができないこと、球団の売買が「身売り」という後ろ向きのニュアンスで面白おかしく報道されることなど、普通の業界からは少しかけ離れていると思われるような面を少しずつ改善して、スポーツ業界を普通の業界にしたいと考えている。
■ラグビーワールドカップ2019の概要
ラグビーワールドカップは、オリンピック、FIFAワールドカップと並ぶ世界3大スポーツイベントだ。第9回大会となる日本大会では、2019年9月20日~11月2日の44日間にわたって12会場48試合が開催される。
「現状、日本ではラグビーワールドカップが3大スポーツイベントの一つという認識はまだされていないと思います」と森氏は語る。ただ大会が始まれば皆がその素晴らしい光景を目の当たりにするだろうとのこと。
ラグビーは激しくコンタクトするスポーツであるため試合間隔を長くとらなければならず、大会の開催期間はどうしても長くなる。しかしそれが開催国にとってはメリットにもなる。なぜなら、比較的裕福だといわれている海外のラグビーファンが全国各地を回るため、試合が行われる各地域でお金を使ってくれることが期待されるからだ。他のスポーツイベントと比較しても経済効果が多く望める大会なのだとのこと。
「ラグビー伝統国以外でかつ、アジアで初のワールドカップ。また7人制ラグビーがオリンピック種目に採用されてから最初の大会でもあり、今回の日本大会はラグビーの地平線を拡げる『グラウンドブレーキング』な大会になるとして注目されています」と森氏は語った。
■ラグビーワールドカップの構造
大会全体の構造は、まずラグビーユニオンの国際競技連盟であるワールドラグビー(WR)と日本ラグビーフットボール協会(JRFU)が開催契約(HUA)を結び、WRからラグビーワールドカップの運営管理を業務委託されたRWCL(ラグビーワールドカップリミテッド)と、JRFUから業務委託されたラグビーワールドカップ2019組織委員会が共同で実務を担うという形になっている。
森氏が属するラグビーワールドカップ2019組織委員会は、さまざまな実務を行っていく上で、常にRWCLから承認を受けなければならないというルールがあるため、時にはうまくいかなかったり、承認を得るのに時間がかかったりしてストレスを感じることもあるという。
組織委員会の収入は基本的にチケット収入のみと開催契約(HUA)で定められている(政府からの支援や寄付金等は別)。他のスポーツイベントでは一般的に認められているスポンサー収入、放映権収入、グッズ収入が、組織委員会には一切入らないため、ラグビーワールドカップは開催国側にとって厳しい条件となっているとのこと。
■国際大会を開催するということ
① 権利の制限
国際大会を開催するにあたっては、開催契約(HUA)に基づいて進められるが、スポンサーの権利を侵害しないことやパブリックビューイングを実施する際の制約、そして本セミナー用に用意されたスライドのフォント種類に至るまで、あらゆることが権利保護の観点で決められている。
例として、フランス代表のキャンプ地になっている福岡県春日市で、「春日市はフランス代表を応援します」という横断幕を作ろうとしたが、1チームに肩入れしてはいけないという理由からNGとなり、「春日市は歓迎します」に変更して承認された。
また、チケット料金については定価を動かせないため、より多く販売する目的でチケットをチーム毎や会場毎にまとめて、ディスカウントして販売したり、何かグッズやイベントなどを加えて「企画チケット」を作ったりすることは一切やってはいけない。つまり創意工夫でチケットの売り上げを上げることが事実上困難だとのこと。
「このように権利の制限が厳しいと、仕事をする上で難しいときがある」と森氏は語った。「頭ではそれが必要だとわかっているのだけれども、実務上なかなか物事が進まなかったりして、どうしてもスピードが落ちることにつながる」「たとえ組織委員会内で理解されていたとしても、大会を一緒につくり上げていく開催都市の方々やキャンプ地の方々にも同じように理解していただかないといけない」「ただしこれらは大きな国際大会ならではの事象であり、キャリアの上ではよい経験にもなっていると感じる」とのこと。
② メディアへの対応-性善説と性悪説-
欧州メディアに対する対応は性悪説のもとにデザインされている。これは日本以上に欧州メディアは権威に対して批判的な論説をすることで、自らの存在意義を外部にアピールするためだと思われる。そのためどうしても情報開示には慎重にならざるを得ないことが多いという。一方、森氏はメディアに対して普段からできるだけ誠実に情報開示をすることで関係性を築き、その信頼関係がベースとなって良い報道につながると信じて仕事をしてきたという。つまり(メディア)性善説である。このようにメディアとの接し方も国内・海外で大きく違うとのこと。
③ 組織の違い
ラグビーワールドカップ2019組織委員会は、公務員の出向者や民間企業からの転職者、スポンサーからの出向者、JRFUからの出向者などさまざまな出自の人が入り交じっている。各々で育ってきたバックグランドや考え方が違うため、当たり前だと思うことが組織内では通用しない場合がある。
「日本人だけでなく外国人もいます。組織委員会スタッフは250名ほどでそのうち20~30人の外国人です。そのため会議も日英で行われることがあり、毎回発言のたびに通訳するので時間がかかったり、日本人と外国人との考え方の違いが如実に出て議論が暗礁に乗りあげたりと仕事を進めるうえで難しいこともありますが、まさにこれが国際大会を運営することなのだと思っています」と森氏は語った。
■書籍:「スポーツビジネス15兆円時代の到来」について
続けて森氏は、自著『スポーツビジネス15兆円時代の到来』について語った。
「一般的に言うと2020年に向けて国民のスポーツへの関心は高まるが、スポーツビジネスについてはあまり理解されていないのが現状なので、言ってみれば“スポーツ界の池上彰”になって、スポーツにあまり興味・関心がない人たちにも読んでいただけるように、さまざまなことを経験してきた森さんなりに、スポーツビジネスというものを分かりやすく解説してほしい」と出版社の編集者から依頼されて書いた本だとのこと。
第1章 日本再興戦略2016
・市場規模5.5兆円→15.2兆円
政府が2016年に閣議決定した「日本再興戦略2016」の中で、スポーツ産業を2012年当時の市場規模5.5兆円から2025年に15.2兆円へと目指すことが掲げられた。
「市場規模を約3倍にするということは、少子高齢化が進み名だたる企業が売り上げを落としている中で大変なことでありますが、スポーツはこれから有望な産業です。このように今後力を入れていく産業としてスポーツビジネスが政府に取り上げられるということ自体がこれまでなかったことです。このことはスポーツが産業として、まだまだ”伸びしろ”があると国に認められた証拠だと捉えています」
第2章 マネジメント問題
・社長やスタッフの出向者問題
実業団スポーツとして発展してきた歴史から、日本のスポーツチームの特徴として親会社からの出向者が社長になるという慣例がある。出向者は基本的には2~3年くらいで親会社に戻ってしまうので、本気で改革に取り組むことは少ない。また、スタッフもグループ企業から出向してくるため、親会社の企業文化と子会社であるスポーツ組織の企業文化は基本的に相いれず、そもそもあるべき資質のない人たちによる運営が行われることが多い。本章ではこの出向者に関する問題が語られている。
・DAZNマネーの使い方
本章ではJリーグがDAZNから得ている多額の放映権料(10年で2100億円)をどのように使ったらよいかという問題に関して、短期的には良い選手を獲得するのがリーグの注目度を上げるうえで手っ取り早いと皆考えるが、長期的な観点で見ればフロントスタッフ、特に経営者にお金をかけたほうが結果的に良い投資となるのではないかと語られている。
第3章 スタジアム改革
スポーツ市場の規模が15兆円になるには、スタジアムを建設することが率直に言って金額としては一番確実に貢献すると森氏は語る。現在、北海道や長崎で500億円以上の投資金額によるスタジアム建設が計画されており、これら以外にも全国で20から30のスタジアム・アリーナ建設計画(改修含む)がある。これらを一つひとつ積み上げていけば、金額としてもかなりの額になるのではないかと語られている。
・みんなで(考えて)造るスタジアム
「スポーツビジネスに興味を持っている方にはいろいろアイデアを出してほしい。欧米で良いとされている事例もいろいろあるので、これからは日本独自の面白いスタジアムをみんなで考えて造っていけたら良いと考えている」と森氏は語った。
第4章 スポーツ業界のキャリア問題
・採用におけるミスマッチ
スポーツ組織における採用のミスマッチとして、組織側はプロフェッショナルを求めているのに対してファンが応募してくることが多いと本章では語られている。
・アスリートのセカンドキャリア
ここで具体的なソリューションが提案されているわけではないが、アスリートのセカンドキャリアが社会問題として挙げられており、アスリートを支援するようないくつかの事例が紹介されている。
第5章 地方創生
・街の誇り(大学、音楽、スポーツ)
Jリーグ初期に理事として活躍した傍士銑太(ほうじ・せんた)氏によると、欧州で住民が地元に誇りに思って生きていける街の特徴として、大学のある街、音楽のある街、スポーツのある街が挙げられるという。本章ではこれらの街について詳細に語られている。
・地方創生の成功事例と失敗事例
チームが日常生活として街に根付いている成功事例としてプロ野球の阪神タイガースを、マネジメントに起因する失敗事例として女子サッカーの岡山湯郷Belleを取り上げている。
■これからのスポーツビジネス
権利の制限と開放
「日本再興戦略2016」では、スポーツがスポーツ産業以外の業界とコラボレーションすることによって新たな市場を創設していくことが、市場規模15兆円を実現可能性のあるものにしていくと書かれている。
1984年ロサンゼルスオリンピックの大会組織委員長のピーター・ユベロスが行った、権利を制限し、スポンサーの競業を排除し、いわば「スポンサー料を払った企業たちだけが勝つ方式」が以降の大規模大会の主流となった。
しかし森氏はこの方式だけが万能ではないのではないかと疑問を持っている。その証拠に2020年の東京オリンピックでは協業排除をゆるめたため、過去最高で62社ものローカルスポンサーがつき、これまでで最高だった時の3倍、3000億円以上のスポンサー収入が得られているとのこと。
「今後、スポーツのマーケット全体を広げるという発想に立った時、誰でも参加できるように権利の制限を取り払った方が良いというのも一つの考え方だと思います」と森氏は語った。
スポーツを通じてマーケティングをする
森氏は、「マーケティングは何のためにあるのだろうか」といつも考えているという。ヨーロッパのサッカーは特段何もせずとも皆が日程を知っているため、費用をかけて日程を告知するようなマーケティングの必要がないが、日本では何かしらマーケティング活動をしないと試合があることすら分からない。究極にはヨーロッパのように、マーケティング活動の必要がなくなることが理想ではないかとのこと。
森氏は「これまではスポーツをどうマーケティングするか、という発想だった。これからはスポーツを通じて何かをマーケティングをするという発想を皆さんに伝えたい」と語りセミナーの最後を締めた。
■質疑応答
Q.スポーツ業界に向いている人、向いていない人はどのような人でしょうか?
A.スポーツ業界の仕事は、さまざまな業種の仕事が寄せ集めであるような感じなので、こういう人と一概には言えませんが、本人のやる気と能力のミスマッチが多い場合があります。また、親会社からの出向できている経営者だと(スポーツビジネスのそのような特徴を知らず)その部分をうまくマネジメントできないので、経営者はスポーツビジネスをきちんと勉強されている方が望ましいです。
Q.ラグビーワールドカップ2019では、車椅子ユーザーの観戦席はどれくらい用意されていますか? また海外では車椅子ユーザーの観戦者がどれくらい来訪するか把握されているのでしょうか?
A.各会場によりますが、多いところで約200席用意しています。RWCLからは確実にたくさん来るからケアしてくれと依頼されていますが、そもそも200名が車椅子でやってくる前提で設計されていないような試合会場もあり、実際にどうやって導線をつくってどうやってサービスを提供するかが課題になったりもしています。
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<講師プロフィール>
森貴信(もり・たかのぶ)
1969年生まれ、長崎市出身。トーメン、トヨタ自動車に勤務後、2005年V・ファーレン長崎の立ち上げに関わる。その後、サガン鳥栖、埼玉西武ライオンズを経て、スポーツ特化型クラウドファンディング「FARM Sports Funding」を立ち上げる。ちふれASエルフェン埼玉理事(2019年2月退任)。現在、ラグビーワールドカップ2019組織委員会チケッティング・マーケティング局 局長(チケッティング担当)。慶応ビジネススクールMBA(2003年)。早稲田大学招聘研究員。
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<了>
深谷 友紀●文 text by Tomonori Fukatani
1970年生まれ。大学卒業後プラスチック成形メーカーに就職し、2010年よりフリーランスのWebデザイナーに転身、2011年からスポーツライターとしても活動を開始。主にサッカーなど地域スポーツクラブHP製作やサイト更新管理、スポーツ系のWebメディアの運営支援、記事寄稿などを行うなど、自身のスポーツ体験含め、「スポーツを語れるWebデザイナー」として活動中。
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