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東京五輪前年に控えたラグビー・ワールドカップの憂鬱

2015年10月31日 コラム Written by 今 昌司

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 2019年9月6日から10月20日、日本各地12会場で、ラグビー・ワールドカップ(W杯)が開催される。その名の通り、ラグビー世界最強国を決するラグビー界最高峰の大会である。サッカーと同様に4年に一度開催され、今年はイングランドを開催地として開催され、その次に控えるのが日本大会というわけだ。前回2011年ニュージーランド大会では、約140万人を動員した。入場料収入は日本円で約170億円、1試合平均では約2万9千人の観客動員ということになる。日本での開催規模も、現在のところ変わることはないように思われる。2011年に示された大会概要資料によると、参加チーム数は20。これが5チームの4グループに分けられ予選ラウンド(グループリーグ)を行い、それぞれ上位2チームがノックアウト方式のトーナメント戦で優勝を争い、全48試合が行われる。当時示された観客動員数の目標値は200万人、1試合平均にすると約4万2千人。J1リーグが約1万7千人、プロ野球が約2万数千人という平均観客動員数であることを考えれば、少しハードルが高いという程度に感じるかもしれないが、ラグビーの国内トップリーグの平均観客動員数は5千人弱であり、桁が一つ違う目標が設定されているのだ。理由は、ラグビーW杯では、マーケティング権、つまりスポンサー権や放送権が、開催国に一切保障されていないことにある。よって、数百億円に及ぶ開催費用の全てを、基本的には入場料収入で賄う必要があるのだ。つまり、200万人という観客動員目標値は、目標値でありながら、是か非でも達成しなければならない数値なのだ。さらに、平均チケット単価を1万5千円としなければ、入場料収入だけで300億円という巨額な収入目標を実現することができない。

 2011年に公表されている大会概要には、おおよその大会経費も示されている。全体としては約420億円で、内訳、大会運営費全体で約180億円、大会開催のための会場改修費用が約100億円、そして、何よりも大きな負担となっているのが、大会主催者であるワールドラグビー(WR)への負担金の支払いである。その額、約130億円(9,600万ポンド)。大会運営費の総額にも匹敵する金額である。実は、ラグビーW杯は、主催者であり世界的なラグビーの統括組織であるWRが直接大会の運営に携わっているのではなく、全ての大会運営要件はラグビーワールドカップリミテッド(RWCL)という組織に委託されている。つまり、開催国の負担金は、RWCLの運営資金となっているのだ。さらに、先に述べたように、マーケティング収入を得るための権利は、全てWRに帰属しているため、特別な契約か許諾がない限り、日本には一切の権利は認められていない。よって日本では、いかに入場料収入を稼ぎ出すか、また、効率よく寄付金や開催自治体からの金銭的支援を引き出すかしか、開催費用を賄う手段がないというのが現状なのだ。一説には、開催地として決定した12の自治体には、総額36億円の負担を求めていく予定だという。2002年サッカー・ワールドカップ日韓大会の際には、当初は自治体ごとに10億円もの負担を強いていたが、結果として黒字となって、その負担は消えているだけに、今回何事もなく36億円を回収できるのかどうか、ここにも注視したい。

 今年3月にRWCLの理事会において決定した開催地は、先に述べた通り、12の都市である。北から札幌、釜石、熊谷、東京、横浜、掛川、豊田、東大阪、神戸、福岡、熊本、そして大分。うち、新規でスタジアムを建設するのは、先の東日本大震災からの復興を目指して立候補した釜石市だけだ。かつて、北の鉄人と呼ばれ、前人未到の日本選手権7連覇を果たした新日鉄釜石ラグビー部は現在、クラブチームの釜石シーウェイブスとしてトップリーグ昇格を目指して活動している。ラグビーの町と呼ばれていた釜石の町のラグビー熱はいまだに熱いものが残っている。しかし、人口はわずか3万6千人。住民全員がスタジアムに訪れないと目標動員数を達し得ないほどの人口だ。では、なぜ釜石が開催都市に選ばれたのか。震災の被災地であることは間違いなく大きな要因であろう。決して哀れんだ意味ではない。震災復興のシンボルとして活気を取り戻した姿を世界に向けて発信していくことは、日本の国益にも寄与することは間違いないだろう。いわば政治的思惑といえなくもないが、だからこそ現実的な課題も数多くある。

 新設予定のスタジアムは、釜石鵜住居復興スタジアム(仮称)。鵜住居(うのすまい)小学校と釜石東中学校の跡地に建設される。キャパシティーは常設の状態では1,000人規模しかないものの、W杯開催時には、なんと1万5千席もの仮設席を設置し、さらに、照明設備やメディアセンター、国際放送センターなどの付帯設備も仮設設置される予定だという。つまり、グラウンドと最低限のバックヤード設備以外は、すべて仮設での対応ということだ。概算での工事費用は、造成工事で15億円、常設施設の建設工事で5.3億円、そして問題の仮設工事では6.7億円の、総額で約27億円が投じられる予定だ。目を引くのは、常設施設の建設費よりも、仮設工事費が高いことだ。それだけの規模の大会が招致されたことの証明であり、厳密にいえば、釜石市は、仮設工事費の6.7億円に、開催地負担金を加えた少なくとも8億円から9億円の費用を、震災復興のための効果を生み出していくために投下したことになる。行政予算といえども、決して小さな金額ではない。しかし、現在までに、この先の開催準備に関する具体策について、明確に示されているものはまだ見えてきていない。

 大会の開催基準によれば、ホスト国である日本や強豪国の試合は、プールAと呼ばれる4万人以上のスタジアムで行われることが決められている。新国立競技場や横浜の他には、札幌、掛川、豊田、大分がその対象となるが、釜石についていえば、最低ランクのプールCの規模でしかない。つまり、ラグビー通でもアクセスの壁を乗り越えて来場しようとは思わないカードが組まれる可能性が高いことを覚悟しておく必要がある。よって、釜石市には、世界規模の大会運営能力が求められることに加えて、1万5千人を動員するための施策と戦略も明確に定めて実行する能力も求められる。現段階では、財源も限られ、アクセス要件も良いとはいえず、また、周辺の宿泊施設などの観光インフラも十分とはいえない。いま釜石市に必要なものは、何十年の先を見据えた町づくりである。そのための試金石として、いかに有効にラグビー・ワールドカップ大会の開催を活かしていけるのか…?。県全体での支援に加えて、同じ被災地である東北各県を巻き込んだオール東北の力が試される気がする。


【了】

今昌司●文 text by Masashi Kon

専修大学法学部卒。広告会社各社(営業、スポーツ事業担当)、伊藤忠商事(NBA担当)、ナイキジャパン(イベント担当)などでの勤務を経て、2002年よりフリーランスにて国際スポーツ大会の運営計画設計、運営実務の他、スポーツ関連企画業に従事し、現在に至る。その他、13年より2年間、帝京大学経済学部経営学科で非常勤講師、各所でスポーツマネジメント関連の臨時講師などを務める。


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