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カナダのレスブリッジで見た、ボランティアとやりがい搾取の違い

2017年05月23日 コラム Written by 谷口 輝世子

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 仕事で初めての土地へ行く時は緊張する。
 試合会場まで道に迷わずたどり着けるだろうか、取材許可証は発行されているだろうかと不安になる。

 私は、4月下旬にカナダのレスブリッジで開催されたカーリングの混合ダブルス世界選手権を取材した。私にとっては初めてのカーリングの取材であり、カルガリーから南へ200キロメートルほど離れた所に位置するレスブリッジを訪れるのも初めてだった。

 大会前日、カルガリー空港へ到着すると、カーリング混合ダブルス世界選手権のボードを掲げ、大会ロゴ入りジャージを着た男性がいた。ボランティアだという。髪は白いがはつらつとした初老の男性は「大会に参加する人たちを乗せてレスブリッジまで私が運転します」と言う。私は「取材する側なのでレンタカーを借りる予定だ」と説明すると、この男性は「交通量が少ないので運転しやすいですよ」と見送ってくれた。

 無事にレスブリッジ入りした私は、大会前夜の試合会場へ立ち寄った。取材許可証が出ているのを確かめるためだ。ここでは、中年の女性が出迎えてくれた。彼女もロゴ入りのジャージを着たボランティアである。「あなたの名前はここにありますね」と私の名前を確認し、首から掛ける取材証を渡し、記者席と作業をするための部屋に案内してくれた。国際カーリング連盟の広報にも引き合わせてくれた。出張先で触れる人の温かさは、外国人記者である私が受け入れられていることを感じさせてくれる。

 この世界選手権では、約300人のボランティアが運営を支えていた。国際カーリング連盟のマックアリスター広報によると、大会に必要な人員を集めるのは国際カーリング連盟ではなく、共催者である地域の組織委員会だそうだ。ボランティアか、スタッフを雇用するかも、各地域の組織委員会が決めている。

 レスブリッジの地域組織委員会は、レスブリッジカーリングクラブが中心になっていた。 ボランティアのまとめ役になっていたのはレスブリッジカーリングクラブの元会長カーク・メアーンズさん。

 メアーンズさんは「ボランティア自身もカーラー(カーリング選手)が多いですね。カーリングクラブはレスブリッジには1つですが、50キロ圏内に10のクラブがあります。そこからも来てくれていますよ」と言う。各クラブにボランティア募集の張り紙を掲示し、オンラインからもボランティアを募ったそうだ。

 ボランティアが担う仕事の種類は多い。
 アイスリンク内の臨時のコーチ席、記者席、カメラ席の設営。選手や大会係員が使用するロッカールームの点検。宿舎から会場までの送迎。セキュリティ。製氷補助。応急手当。受付、チケットの販売、街の案内などだ。試合は早朝8時から夜10時過ぎまで行われており、ボランティアは3交代制のシフトを組んでいた。

 これほどまでに多くのボランティアが集まるのはなぜなのか。メアーンズさんは「もともとボランティアが文化として根づいているということもあると思います。すでに仕事を引退しているシニア世代が多いですが、仕事先から休暇を取って数日だけボランティアをしている人もいます。女性が6割、男性4割ぐらいですね」と話す。カーリング愛好者で、シニア世代がボランティアの中心になっている。

 レスブリッジの地域組織委員会が、ボランティアを募った最大の理由は、人件費を抑えたかったからだろう。それ以外にも、ボランティアが大会を支えることで、レスブリッジという地域のプライドを、国際大会を通じてアピールするという意図があったと思う。このプライドは、共催者である地域組織委員会が、ボランティアの自由意志を尊重し、ボランティアにとって心地よい環境を整えていることも含まれている。だからこそ、大会にボランティアとして参加したい人を集めることができるのだ、という地域組織委員会側の自負が感じられた。メアーンズさんが昨年12月、地元紙にこのように話していた。「レスブリッジはボランティアの参加者が多いことで知られている街です。レスブリッジはボランティアに優しい街ですので、250人程度のボランティアが集まってくれると考えています」と。

 ボランティアは主催者が無料で使える労働力とは違う。
 ボランティアしたい人とボランティアを必要とする団体を結びつける「ボランティア・カナダ」という組織では、どこからがボランティアなのか、どこからが義務づけられた地域奉仕なのか、を定義づけている。

 ボランティアは、自由な意志と選択に基づいていること。公共の利益のために、自らの自由意志で、無報酬で時間や技術を寄贈する人のことである。罰則に基づいて義務づけられた地域奉仕はボランティアではない。社会保障の受給者に就労を義務づけることもボランティアではない。このほかにもボランティアが有償労働者の代わりになってはいけない、などとも書かれている。

「ボランティア・カナダ」の資料は、ボランティアか、使い勝手のよい無賃の労働者かを明確に線引きすることの難しさについても触れている。グレーゾンはある。それでも、自由意志に基づいて無報酬で時間と技術を提供しているのか、それとも無報酬で労働力を提供するよう義務づけられているのか、そのように仕向けられているのか。いくつかのチェックポイントを設けている。それを確認することで、ボランティアも、有償で働く労働者も守ろうと試みているのだ。

 日本では、大学生がインターンという名目で、無報酬で働かされているという。北米でもインターンの扱いについては同様の問題があり、各大学や団体がどこまでがインターンか、無賃労働か、ボランティアかの線引きを学生たちに教えている。ボランティアは、志願した人が、団体などに恩恵を与えることが目的であり、インターンは学業を実地に活かすための機会を与えられなければいけない。

 大会には専門的な技術を提供しているボランティアもいた。看護師のマーガレット・ガッタさんもその一人だ。60代の女性で看護師として毎日、働くことからはリタイアしている。私が「専門技能を無償で提供しているのですね」と聞くと、マーガレットさんは「私は看護師として参加しています。医師の人もいます。みんなお金はもらっていません。ボランティアですからね」と言う。

 場内警備のブレント・シーリーさんは、以前はマスコミで働いていたが、現在はリタイアしている。「世界選手権でいろいろな国の選手たちと接することができる喜びがありますから。ボランティアの合間に試合を見て、用意された食事をみんなで食べることもできますしね」と話していた。

 会場には、地域組織委員会とボランティアたちの誇りと温かさがあった。ここでは、やりがいの搾取ではなく、一人ひとりのやりがいと自由意志が尊重されていると感じた。

(※写真:カナダ・レスブリッジの会場で取材に応じてくれたシーリーさんとガッタさん)

【了】

谷口輝世子●文 text by Kiyoko Taniguchi

1994年にデイリースポーツに入社し、日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のスポーツ事情をお伝えします。著書『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店、『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)、分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)。


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