【セミナーレポート】大学スポーツのビジネス化の可能性
2016年09月17日 インタビュー 育成,教育/スクール産業 Written by 深谷 友紀
政府内で日本の大学スポーツのビジネス化の議論が始まった。アメリカの大学スポーツをモデルとした仕組みが日本でもできないか検討されるという。
大学スポーツのビジネス化とは何を指すのか? 果たして、アメリカの仕組みが日本にフィットするのか? そもそも、アメリカの大学スポーツの仕組みはどのようになっているのか? また、アメリカでは大きなビジネスが行われているというイメージが先行しているが、そこに問題点は存在していないのか? 日本の大学スポーツにも良いところがあるのではないか?
今回は、アメリカの大学スポーツと日本の大学スポーツに造詣の深い、帝京大学の伊東克(いとう・まさる)氏をお招きし、アメリカと日本の大学のスポーツの実情を伺った。
7月14日、アメリカの大学スポーツと日本の大学スポーツに造詣の深い、帝京大学スポーツ医科学センターの伊東克(いとう・まさる)氏をゲストに迎えたセミナー、「大学スポーツのビジネス化の可能性」(主催:株式会社RIGHT STUFF、会場:株式会社フォトクリエイト 3階セミナールーム)が開催された。伊東氏にアメリカと日本の大学のスポーツの実情を伺う中で、日本の大学スポーツのビジネス化の可能性について考察していきたい。
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■大学スポーツのビジネス化する意義
伊東氏は、大学スポーツのビジネス化というテーマを話すにあたって、大学スポーツに当てはまるビジネスとは何であろうと考えたという。その結果、「大学内の教育プログラムの一つであり、スポーツを通じた学びによって学生生活を豊かにして、一社会人になるプロセスが大学スポーツの重要な役割」であり、そのために大学は、「安全」で豊かな経験ができる「環境」、それらを実現する「運営」が必要になるという考えに至ったとのことだ。
■日本とアメリカのスポーツ市場の規模について
スポーツ産業の市場規模を比較すると、1995年にはアメリカが約15兆円、日本が約5.7兆円と、人口比率でほぼ同じレベルにあったが、現在、日本はほぼ横ばいの状態であるのに対し、アメリカは4倍以上の約68兆円の規模になっている。
最新の情報では、NCAA(詳細は後述)はアメリカ最大のスポーツ市場規模になっている。各大学個別でいうとオレゴン大学がトップの196億円の収入を得ている。
これだけ聞くと、華やかでお金が儲かっているようなイメージであるが、実のところ、1281大学のうちの1.8%しか黒字になっていない。
■NCAAとは?
NCAAとは、「National Collegiate Athletic Association」の略で、「全米大学競技スポーツ協会」あるいは「全米大学体育協会」のこと。会員大学は1281校に及び、バスケットボールなど23種目、89大会を運営している組織だ。全てのスポーツを統括しているわけではなく、ポロなどNCAAに属していないスポーツ団体もある。
大学スポーツ(または体育局)を大学内の教育プログラムの一環として、また、学生選手を全学生の一部として位置付けることを使命としている。
■NCAAの設立の経緯
1700年代にイギリスの文化を引き継いだアメリカの大学スポーツは、健康とフィットネスを目的として学生が自主的に活動を行っていたのが始まりといわれている。特にアメリカンフットボールは、勇敢な研究者を育てることや宣伝活動のために重要視されていた。
学生の自主的な活動ができた理由として、試合でエネルギーを健全に消費することが人格形成などに価値があるというイギリスの価値観を適用して、教員たちは干渉を避けていたものによる。しかし、1800年代なるとプロフェッショナリズム、不明瞭な財政管理、スポーツマンシップの欠如が顕著に表れ始めたことから、学生自治から教員統括へと移行した。しかし、怪我や死亡事故などが多発し、当時の大統領セオドア・ルーズベルトの命によりルール改正等を行い、後のNCAAとなる団体が組織された。
しかしながら設立当初は、各大学がスポーツの権益を手放したくなかったことや学生が規律に縛られたくなかったため、改革がうまく進まなかった。だが紆余曲折を経て、設立から50年くらいかかって、現在のような組織の形になったとのこと。
以上のような経緯を経て確立したNCAAは、以下の3つの使命を掲げている。
- NCAAは学生選手の心身の健康を守り、彼らが競技スポーツ、学修、および将来の成功に必要なスキルを身に付けることに専念できるように支援する。
- NCAAは競技スポーツと高等教育を融合により、学生選手の学生生活をより豊かにすることによって、スポーツを通じた学びを支援する。
- NCAA規程は競技スポーツ関係者、会員大学、およびコンファレンスが大学スポーツを通して学生選手のチームワーク、自制心、自信やリーダーシップスキルを伸ばすのを支援する。
具体的には、
- 大学競技スポーツのプログラムの改善
- 加盟大学および協会員の管理
- 奨学制度・スポーツマンシップ・アマチュアリズムの資格基準
- チャンピオンシップ(大会)の運営管理・監督
- 競技スポーツの研究
を行う組織である。
NCAAはお金を儲けているイメージがあるが、スポーツを通じた学生選手の人間形成を支援する組織であると伊東氏は説明した。
■アメリカ大学スポーツ組織
各大学の体育局は、学部と同等の位置付けで専門職員により構成されている。日本の体育会と大きく違うところは個人が自由に選べるのではなく、リクルーティングやセレクションにより加盟するところである。
■NCAAディビジョンごとの理念の違い
NCAAに所属する大学は、各大学で大学スポーツがどう位置付けられているかによって、DⅠ、DⅡ、DⅢと3つのディビジョンに分けられている。DⅠは高いパフォーマンスを目指し興行活動をすることにより地域と大学に貢献する。DⅢは競技力よりも学生選手の参加を奨励しており、奨学は提供されていない。DⅡはその中間にあたる。各大学で大学スポーツがどう位置付けられているかということは、各大学でどう運営するかに大きくかかっている。
収支の特徴としては、DⅠではチケット収入と分配金、寄付金がメインで全体の収入の50%を占めている。支出は奨学金と人件費が全体の6割になっている。D3になると、収入が大学からの出資によるものが70%に及び、支出の53%が人件費となっている。ディビジョンによって大きな収入格差があり、利益を生んでいる大学は全体の1.8%にすぎない。その中で人件費が大きな比重を占め、一握りの人以外は収入が限られている。また、近年アメリカンフットボールのヘッドコーチなどはその州で一番の高給取りとなる場合があり、それゆえ大きな影響力があるためいろいろとスキャンダルが発生している。このことから、「学長がしっかりとコントロールして運営できているかが重要となる」と伊東氏は語す。
■日本版体育局、日本版NCAAの検討
伊東氏は上記までに説明したNCAAについての内容を日本に持ってくる場合、どうすれば良いのか検討した結果、以下のように語っている。
- アメリカで1.8%の大学しか利益が上げられていない現状の中で、日本の大学スポーツをビジネス化しようという流れはどうなのかと疑問視している。
- NCAA自体も興行を推し進めているわけではなく、高校からNCAAの大学を通じてプロになっていく人は1万人に1人しかいない。一般の社会人となる残りの人たちをどのよう社会に送り出していくべきかを議論すべき。
ではどうやったら日本で体育局がつくれるか、伊東氏は以下のような考えを述べた。
「現在日本でうまくいっている大学では、カリスマ指導員などの個人の力によるものが大きい。個に依存しているためシステム化されていないクローズなシステムである。リスクマネジメントから見ても危険が多い。大学組織の特性上、クローズな組織になっているが、現代の社会環境を読み取りながら運営するためにもオープンなシステムにすべきである。まずはプロジェクトベースで学内の横断的な組織づくりが必要。アメリカでも近年その傾向が多く見られるようになっている。日本では地域などと連携してやっていくシステムが必要」
ではどのような設計にすればよいのだろうか?
「大学のスポーツの管理の仕方は大学によって大きく違う。誰が何をすべきか組織構造を機能的にすることが重要ではないかと考える。
テクニカルコア(指導員・教員)、テクニカルサポート(学内部署)、運営サポート(大学事務)、ミドルマネジメント(体育局)の4つが重要で、その上にトップマネジメント(学長)を位置させる。各役割をこのように分けることによって日本においても体育局をつくることができるのではないかと考えている」
一方、日本で体育局をつくるにあたって無視できないのが体育会だと伊東氏は言う。体育会とコンセンサスを取り、新しい規程を作ることが必要だと考えているとのことだ。
「日本の体育会では往々にして組織の文化および基礎をなす価値観が共有されているところが少ないことがある。そのためマニュアル作りが必要。また、共同プロジェクトでの役割が監督に集中しているので、タスクを分散して権威・意思決定する人を集中しないようにする。キャンパスライフを充実するための基本的なところができていない。組織の目標中長期的に大学がどのような位置付けでスポーツに取り組んでいくのかが重要。
しかしながら、個人の実感としてはなかなか組織として動くことが難しい。新しいものに取り組むために改善する課題は本学にもあり、大学レベルで変えていくのは難しいと現場にいて感じる。
スポーツの活性化は興味があるが、各大学が学生を集めることが急務である現状で優先順位が低い。誰が旗振りする役をするのか? 大体連などの外部機関が率先してやることが望ましい。そのような現状から、スポーツ興行でお金を稼ごうとアピールするよりも、大学教育の一つとして、大学スポーツを通じてどのようなライフスキルが獲得できるかをアピールして、そこに共感をしてくれる企業からお金を集めた方が良いのではないか」
伊東氏は最後に、「日本版NCAAを成功させるには、学長、理事長が各大学においてスポーツがどのような位置付けなのかを示し、どう舵取りするかが重要となる」と語り、講義を締めた。
■質疑応答
セミナーの最後に質疑応答が行われた。
――NCAAの組織はどういう人たちで構成されているのでしょうか?
「以前に体育局で勤めていた人も多いですが、全くスポーツを知らないが証券など他のビジネスにもたけている専門家も多く活躍されている。日本のようにボランティアではなく運営する人はフルタイムで働いている。バスケットボールの放映権料がほぼ全てを占めているが、その収入から報酬を得ている。
狭き門ではあるが、各大学でスポーツビジネスを学んだ人がNCAAや各大学の体育局で活躍している」
――ディビジョン分けについてルール基準は?
「ディビジョン1については、1万5000人以上収容できるスタジアムを有すること、が定められているが、基本的には各大学が独自で決めている」
――なぜアメリカではアマチュアスポーツをお金を払って観ているのか?
「アメリカでは、州が大学を設置してその周りに町ができたという歴史がある。試合を観に行くことが恒例行事になっていて、そこで育った子どもがその町の大学を目指すという流れがあった。一方、日本ではいろんな学生がいろんな地域から来ている。お金を払う文化がないので統括組織なりが一括してスポンサーシップにより収入を得て、そのお金を教育プログラムに投下する」
――NCAAの日本版をつくっていく中で、どう既存の各競技団体と関係を築いていけばよいのでしょうか?
「NCAAは50年を要した。日本版NCAAは100年くらいかかるかもしれないがやる価値はある。少しずつ積み重ねていって各競技団体の方にも理解していってもらえたらなと思う」
――関東学院大学とアンダーアーマー(株式会社ドーム)で新しいビジネス展開がありますが、今後どのようになっていくのでしょうか? またどんな期待をされていますか?
「良くも悪くもいろいろな新しい取り組みをすることが大学スポーツにとっては良いところだと思う。その結果、改善すべきところ、いろんな意見を取り込んで一つの形をつくっていかないと日本版NCAAはつくれないと考えます」
――なぜ縦割り組織になってしまったのか? その根本を考えないと解決できないのではないか?
「日本ではスポーツはアマチュアでやるものだという考えが根強く、お金を稼ぐのは悪というような風潮があった。また同じスポーツをし続ける人が多いので、横よりも縦の関係が強くなっていったのではないかと思います」
(日本はアメリカよりも競技団体が多い。NCAAでは23だが日本は40以上ある。アメリカでは大学側の意向で部を廃部にできるが、日本ではできない。どちらが民主的かという問題もある)
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多くの受講者同様、自分もNCAAがどういうものかがよく理解していなかったので、今回のセミナーでは大きな理解を得られた。NCAAの収入など、華やかな部分だけを見ているだけでは国が掲げる目標を達成するには厳しいということが分かった。
伊東氏が、いろいろと新しい取り組みをすることは良いことと言うように、今現在大学スポーツやスポーツビジネスに従事している人たち、これから大学スポーツやスポーツビジネスに関わりたい人たちがさまざまなチャレンジをして理想に近づいていくことに期待したい。
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■講師プロフィール
伊東克(いとう・まさる)
帝京大学スポーツ医科学センター
高校卒業後、社会人サッカーチ-ムに所属。アスレティックトレーナーを目指して渡米。2003年NATA公認のアスレチックトレーナー資格を取得、同年テネシー州立大学院に入学(スポーツマネジメント専攻)。在学中に2年間研修生(GA)として同大学体育局で働いた。2005年よりメリーランド州立モーガン大学(メリ-ランド州、ボルチモア)体育局にてスポーツマーケティング部門代表兼アスレティックトレーナーとして働く。2011年、同大学退職。2012年日本社会人アメリカンフットボール協会企画部。2013年から現職。現在仕事の傍ら、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程にて博士学位取得に向け奮闘中。
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【了】
深谷 友紀●文 text by Tomonori Fukatani
1970年生まれ。大学卒業後プラスチック成形メーカーに就職し、2010年よりフリーランスのWebデザイナーに転身、2011年からスポーツライターとしても活動を開始。主にサッカーなど地域スポーツクラブHP製作やサイト更新管理、スポーツ系のWebメディアの運営支援、記事寄稿などを行うなど、自身のスポーツ体験含め、「スポーツを語れるWebデザイナー」として活動中。
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