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広島からツエーゲン金沢へ。女性スタッフが語るJクラブで働く魅力 ~ツエーゲン金沢・灰田さちさん~

2018年07月11日 インタビュー Written by AZrena

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 SJNでは、知られざるスポーツの裏側の情報を提供している「AZrena(アズリーナ)」のご協力を得て、記事提供を頂いております。

 1993年に開幕したJリーグは、今年で25周年を迎えます。参加チーム数は開幕当初の10クラブから54クラブに増え、Jリーグのクラブで働くという選択肢も増えてきました。地方にもJクラブが次々と誕生しており、Jリーグは地域の活性化に大きな貢献しています。

 北信越リーグのクラブや、石川県サッカー協会のボランティアなどを経て、オリジナル10(Jリーグ発足時に加盟した10クラブ)の1チームであるサンフレッチェ広島に入社した灰田さちさん。インターンから正社員への道を掴み、優勝争いや残留争いを経験した後、現在は地元・石川県のツエーゲン金沢でホームタウン推進事業を行っています。

「もともとはスポーツに関心がなかった」と語る灰田さんは、なぜサッカーの道に進んだのでしょうか。Jリーグのクラブに就職した経緯と、その魅力に迫りました。

(出典:AZrena『広島からツエーゲン金沢へ。女性スタッフが語るJクラブで働く魅力』2018年7月3日)

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「自分を育ててくれた石川県に恩返しをしたいという想いもありましたし、私は歳の離れた末っ子で、両親にはたくさん心配や迷惑をかけてきました。だからこそ親孝行をしたかったので、サンフレッチェが残留争いをしている時期に半年くらい悩んで、地元に戻ることを決めました」
灰田さち(ツエーゲン金沢 事業企画部次長兼ホームタウンホームタウン推進室室長)

■とある帰化選手の存在
 私はもともとスポーツに関して、やることも見ることもあまり好きではなかったんです。ただ、私の兄が日産自動車サッカー部時代から横浜F・マリノスの大ファンで、1993年にJリーグが開幕して盛り上がっていたこともあり、サッカーは身近な距離にありました。そして、1998年のフランス・ワールドカップを見て呂比須ワグナー選手の大ファンになったんです。そして、サッカーが好きになりました。

 呂比須選手はブラジルから日本に帰化して、ワールドカップ最終予選の重要な時期にお母さんを亡くしているんですよね。それでも帰国せずに予選に出場して、日本代表をワールドカップ初出場に導いたというドラマに感動しました。

 兄に一度、ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)の試合に連れていってもらったんですが、呂比須選手は他の選手が帰った後もずっとファンサービスをしていて。私も握手とサインを書いてもらって、この選手をずっと応援したいと思いました。

 2002年に呂比須選手は引退したのですが、その時にインタビューで「将来、Jリーグのクラブで監督をしたい」と言っていたんです。Jリーグのクラブで働けばいつか一緒に仕事ができるのではないか、と思ったのがサッカー業界に入ろうと思ったきっかけです。

 当時、私は高校1年生だったのですが、当時のサッカー部の顧問の先生が名の知れた方で、Jリーグのスタッフの方を紹介してくれることになりました。ただ、Jリーグのクラブは新卒の公募をしているわけでもないので、「人脈がないと入るのはかなり難しい」と言われました。

■目の当たりにした地元クラブの経営危機
 私は諦めが早い性格だったので、もう無理だと思っていましたけど、高校2年の時に行った修学旅行で、ある大きな経験をしました。私の高校の修学旅行は例年、韓国に行っていたんですが、当時はSARS(重症急性呼吸器症候群)という病気が流行っていて、私たちの代だけ北海道になったんです。札幌では自由行動の時間があったので、コンサドーレ札幌の練習を見学に行くことにしました。

  練習見学は初めてだったのですが、そこには楽しそうにサッカーの話をしているおじさんや、Tシャツにサインをもらってキラキラした目をしている子ども、一眼レフでお気に入りの選手を撮影しているお姉さんたちがいて。この人たちはコンサドーレ札幌がなかったらつながることもなかったんだろうなと思った時に、自然と鳥肌が立ったんですよね。石川県には当時プロスポーツチームがなかったので、スポーツ・サッカーを通じて街の人々がつながっている様子を目の当たりにして衝撃を受けました。そして「街の人々をつなげることができるJリーグはすごい! こんな仕事がしたい!」と強く思ったんです。これをきっかけに、どれだけ難しくても私はJリーグのクラブの仕事に就きたいと思いました。

 大学は地元の金沢大学に進学したのですが、高校のサッカー部でお世話になった顧問の方のおかげで、石川県のサッカー協会でアルバイトをする機会をいただくことができたんです。それと併せて北信越リーグのフェルヴォローザ石川・白山FC(当時)のボランティアスタッフとして、試合運営をするようになりました。

 ただ、大学3年になった時に、そのチームが経営危機に陥ってしまいました。熱心なサポーターさんもいたクラブなので、応援していた人々も悲しんでいたし、選手もプレーする場を失ってしまい、みんながバラバラになってしまったんですよね。それを目の当たりにした時にこの業界の怖さも知りましたし、学生で何もできない自分に不甲斐なさを感じてしまいました。

 当時はライバルチームにツエーゲン金沢がいましたけど、例えばガンバ大阪がある日突然なくなったとして、サポーターは「明日からセレッソ大阪を応援しよう」とは思わないじゃないですか。それと同じで、当時の私はどうしてもツエーゲン金沢を応援する気にはならなかったんです。だからこそ、今ここで働いていることが不思議ですね(笑)

■全て自己負担で臨んだ広島でのインターン
 大学卒業後は、まず東京の企業に就職したいと思っていました。もちろんJリーグのクラブで働きたいという思いは揺らいでいなかったです。東京にいた方が人脈も広がるだろうな、と。とにかくサッカーと全く関係のない職種でもいいので、東京に行こうと決意し、都内のIT企業に就職しました。

 本当は大学を卒業してすぐにスポーツビジネス系の大学院も行きたいという気持ちはありました。ただ、学費や生活費を出すのは難しいですし、Jリーグのクラブは新卒よりも、何年か社会人を経験していた方がとってもらいやすいという話を聞いていたので。それならば一度就職をして、貯めたお金で大学院に行こうと考えていました。

 それから3年後、お金も貯まって、早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科に合格することができたタイミングで、会社を辞めました。その大学院で1年の時に1泊2日のスポーツビジネスセミナーに参加したのですが、そこでたまたまサンフレッチェ広島のスタッフの方に会ったんですよ。そこでお話をして、一度インターンに行かせてほしいという話をしたら承諾していただけて。かなり異例だったそうですが、開幕前の忙しい時期に、1カ月近くインターンとして採用していただきました。そこではチケットの発券、発送作業や試合運営のお手伝いをさせていただいていましたね。

 とはいえ、交通費も滞在費も自己負担だったので、安いユースホステルに泊まっていましたね。5月から営業事務の方が産休に入ることもあり、その代役としてサンフレッチェ広島に就職することが決まりました。ただ、その時はまだ大学院が1年残っていたので、会社に休みの許可をいただいて、契約社員として働きつつ、月1〜2回は大学院に行っていました。

 この時、この職業に就くためには、運とタイミングが重要だと思いましたね。しかも、お声掛けいただいたのがオリジナル10のクラブだったので、歴史もあるし、組織としてもしっかりしていると感じました。

 正社員になったのは2013年からです。最初は事務仕事がメインだったのですが、最後の2年間はスポンサー営業にも動いていました。スポンサーを獲得する上で大事なことは、クラブの理念に共感してもらうことだと気付きましたね。例えば、自動車メーカーであれば、うちの車はこういう性能で…という話をすると思いますけど、サンフレッチェであれば“日本一の育成型クラブを目指す”という理念を話し、それに共感していただける企業がスポンサーとなってくれます。

 サンフレッチェでは優勝争いも残留争いもありましたけど、それぞれポジティブなパワーとネガティヴなパワーがありました。私の中では優勝した時よりも、残留を決めた時の方が印象に残っています。最後のホームゲームで勝ったら残留が決まる試合の前に、地元の商店街やスポンサーのショッピングセンターなどで、応援メッセージを書こうというボードを飾ってくれていて。試合当日のスタジアムだけでなく、街中が「絶対に残留するんだ」という空気に包まれていましたし、このパワーは絶対に忘れてはいけないと思っています。

■家族の病気と、急逝
 それからは家族の影響もあり、J2のツエーゲン金沢に行くことになりました。

 実は姉が2011年に白血病で亡くなってしまって、父はおととしに脳梗塞になってしまったんです。幸い今は後遺症もなく元気なのですが、何かあった時に帰れないと不安ということもありました。それがちょうど30歳になるタイミングだったのと、自分を育ててくれた石川県に恩返しをしたいという想いもありましたし、私は年の離れた末っ子で、両親にはたくさん心配や迷惑を掛けてきました。だからこそ親孝行をしたかったので、半年くらい悩んで、地元に戻ることを決めました。

 もともと石川県サッカー協会でアルバイトをしていたご縁で、ツエーゲンの方と繋がりがあって声を掛けていただいたんです。ホームタウンに関わる仕事をやってみたいとは伝えていたので、今は事業企画部次長兼ホームタウン推進室長という形で働いています。

■Jクラブで働く魅力と、必要な“視野”の広さ
 今の仕事はホームタウン活動が中心で、チーム名に「金沢」という地名はついているものの、今年からは『We are Zweigen』というスローガンを掲げ、石川県全体から愛されるクラブを目指して活動しています。ホームタウン推進室が今年新設されて、地域のイベントに参加したり、サッカー教室をしたりというふうに、今年はとにかく「地域の皆さまとの接点を増やすこと」を目標にして活動しています。

 Jリーグのクラブで働くことは、街の人たちの喜怒哀楽に影響を及ぼせることが一番の魅力だと感じています。以前、バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)のスタッフさんに話を聞かせていただく機会がありました。バイエルンはすごく人気で、その分アンチも多いですけど、アンチも含めて大勢の人たちを一喜一憂させることができるのはすごいことなんだとおっしゃっていました。バイエルンが勝つことによって悔しがる人もいますし、アンチも無関心ではなく、関心を寄せているからこそ悔しがっていますから。

 私が広島にいる時には、サンフレッチェの優勝だけでなかく、カープの25年ぶりの優勝を見ることができたのですが、街は大騒ぎになっていました。広島に生まれて良かったと泣き叫んでいる人もいましたけど、そういうふうに思わせられる仕事って数少ないですよね。それはサンフレッチェが優勝した時もそうだったと思いますし、ツエーゲンが勝つことによって、石川県の人々が楽しめるようにしていきたいと思っています。

 もし今後、Jリーグのクラブで働きたいという方には、サッカーやスポーツにかかわらず、いろいろな経験をしてほしいです。サッカー好きな人は全国に一握りで、その一握りを増やしていくためには、興味がない人たちに振り向いてもらうことが必要です。それなら、その人たちは何が好きで、何が楽しくやっているのかを知るためにも、視野を広げることが大切になります。

 サッカー好きな人にとっては、サッカーはこんなに楽しいのに、なんでお客さんが入らないんだろうと感じる人もいると思います。でも、例えばオリンピックが東京で開催されることが決まっても「道が渋滞する」というふうに嫌がる発言をしていた人がいたんです。そういう一般人の目線を知らないと、視野が狭くなってしまいがちになります。

 ホームタウン担当としても、地元のことを知ろうと勉強しています。毎朝、北國新聞のスポーツ面ではなく地域面を熟読し、県内のホットニュースや、若いころには全く興味がなかった地元の伝統工芸や産業にも関心を持つようになりました。例えば、石川県小松市は歌舞伎が有名な街なのですが、今年のゴールデンウィークに開催されていたこども歌舞伎のイベントを鑑賞してきました。人生初の歌舞伎鑑賞でした。石川県に帰ってきてからは、日々地元の魅力を再発見しています。

 ツエーゲンは観客数が平均3525人(第8節終了時点)ぐらいで、地域の方たちには広く名前が知られていますけど、まだまだ関心のない方が大多数です。今年は平均5000人を目標に、まずはホームタウン活動で地域の皆さまとの接点を増やし、興味を持っていただいて、「一度スタジアムに行ってみようか」と思ってくださる方を増やしたいです。

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灰田さち(はいだ・さち)
株式会社石川ツエーゲン 事業企画部次長 兼 ホームタウン推進室室長

1986年生まれ、石川県金沢市出身。金沢泉丘高校、金沢大学を卒業後、東京のIT系企業に就職。およそ3年間の勤務の後、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学し、スポーツビジネスマーケティングを学ぶ。 2013年より株式会社サンフレッチェ広島に就職し、主にスポンサー営業を担当する。5年間の勤務の後、2018年1月より地元石川県の株式会社石川ツエーゲンに転職し、現在に至る。
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【了】
記事提供:AZrena

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