選手の引退後のキャリア問題。なぜ業界全体の課題として捉えるべきなのか。
2017年06月14日 コラム アスリートマネジメント/セカンドキャリア Written by AZrena
SJNでは、知られざるスポーツの裏側の情報を提供している「AZrena(アズリーナ)」のご協力を得て、記事提供を頂いております。
今回のテーマは、アスリートのキャリア問題についてです。
弊社が開催したセミナー「アスリートの競技生活とその後に続くキャリア〜私たちが引退して感じた事」(主催:株式会社RIGHT STUFF、会場:株式会社フォトクリエイト 3階セミナールーム、開催日:4月11日)より、このスポーツ界が抱えるこの課題についてをお届けします。
(出典:AZrena『選手の引退後のキャリア問題。なぜ業界全体の課題として捉えるべきなのか。』2017年6月9日)
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競技によって違いはあるが、例えばプロ野球で引退する選手(戦力外含む)の平均年齢は29.6歳(2016年)、Jリーグではさらに下がって25〜26歳といわれている。日本人の平均寿命が80歳を超越えていることを考えると、アスリートは現役生活を終えてからの人生の方が圧倒的に長い。そして引退後もずっと競技に関わっていけるのは、現役中に活躍したほんの一握りだけだ。
競技だけをやり続けてきたことには変わりなくとも、シビアな世界において結果が出なかった選手はその後の人生を考えなくてはならない。しかし、そこには課題が山積みしている。
その課題をスポーツ業界全体の問題として捉え、解決していくために日本最大級のスポーツビジネス求人情報サービスを展開するスポーツジョブネットワークが「アスリートの競技生活とその後に続くキャリア」というセミナーイベントを開催したので、その様子をお届けする。
■業界としてアスリートのキャリアを考える
●選手のキャリアを業界全体の課題として捉えるべき理由
イベントの第1部ではまず、実際にアスリートのキャリアのサポートを行う仕事をしている2名のスピーカーが登壇した。
1人目は菊池康平さん(写真左)。これまで16カ国でサッカーに挑戦し、ボリビアでプロ契約を結んだ選手でもある菊池さんは現在、人材派遣会社・パソナが運営する、選手が競技生活と仕事を両立できるようにする仕組み「パソナスポーツメイト」の支援を行っている。
もう一人は株式会社山愛に務める藤井頼子さん(写真右)で、アスリートのキャリアサポート事業に携わっている。趣味は世界の野球を見に行くこと。プロ野球は生粋の阪神タイガースファンで、毎年春季キャンプに足を運ぶほどだ。
アスリートのキャリアについてもともと関心は高かったという藤井さんだが、実際に本格的に関わることを決意したきっかけは故・伊良部秀輝氏(※)の自殺だった。
「今も新聞で小さく元プロ野球選手逮捕といった記事を見つけると心が痛みますが、大好きな野球で、私の大好きな野球選手が引退後に自ら命を絶ってしまったことが非常にショックでした。私は伊良部選手に対して何もできなかった、間に合わなかったという思いから、今の仕事に就いて選手のキャリアサポート業務を行っています」
※伊良部秀輝:元プロ野球選手。1987年ドラフト1位でロッテオリオンズ(当時)に入団。1997年からはアメリカに渡り、ニューヨーク・ヤンキースなどで活躍した。阪神で日本球界復帰を果たし、2004年限りで現役引退。その後は実業家への転身を経て、2009年に現役復帰し、日米の独立リーグでプレーした。2010年1月に再び引退。2011年7月にアメリカの自宅で自殺しているのが発見された。将来に対する不安などから精神的に追い詰められていたことが理由として挙げられている。
3年前から始まった株式会社山愛のアスリートキャリア支援事業ではJリーグ、Bリーグの選手研修と、引退選手へのキャリアカウンセリングを通した企業紹介を行っている。現在、アスリートキャリアパートナーと呼ばれる元選手へのカウンセリングを通した就職支援サービスには現在450名ほどの選手が登録している。
業界全体としてアスリートの引退後のキャリアを考えるべき理由について、藤井さんは元選手が路頭に迷い、貧困に陥ったり、犯罪に手を染めたりして話題になることがスポーツの価値低下につながってしまうからだと語る。選手自身の問題だから自己責任という意見もあるが、それだけでは済まないのだ。
「このようなことが起きてしまうと、社会側が『やっぱりサッカー選手は幸せになれない』『野球選手は野球しかできない』という認識になり、スポーツのブランドが低下してしまいます。そこから子どもには選手になってほしくない、スポーツをやめさせるといった親の意識が生まれてしまうと普及や強化の阻害要因となり、スポーツ市場の縮小につながります。こうなると選手個人の責任では片付けることのできないスポーツ全体の問題になってくるでしょう」
●仕事を紹介するだけがキャリアサポートではない
引退した選手向けのキャリアサポートといってもすぐに就職先となる企業を紹介するわけではない。人のキャリアトランジション(過渡期・転換期)における3段階のプロセスを大切にしている。
「まず、プロスポーツ選手という職業が終わる時の喪失感を乗り越える必要があります。次に、次のステップを踏み出すためのニュートラルゾーン。そして最後に、実際に次のキャリアを歩み出すというような形があって、個人によってそれぞれの期間は変わってきます。私たちは面談を通して時間をかけて一緒に気持ちの整理をし、次に進む準備をしていく。他の選択肢もある中で、もし企業で働きたいという結論になれば仕事を紹介していくという形をとります」
選手が就職先を探す上では、スポーツ選手という経験から何を得たのかを伝えられるようになる必要があるという。本来は現役中からスポーツ選手という職業に向き合い、考えるべきことだが、それをするためには思考力や基礎学力も大切になる。“文武両道”であるべき理由の一つはそこにあるいえるのではないだろうか。
「私たちはキャリアサポートを通じていい循環をつくりたいと考えます。スポーツは教育、人材育成に大きく影響を与えます。スポーツで育った人が社会で活躍する状態をつくることができれば、その力があるという認識が広まり、社会でのアスリートのステータスが上がります。そしてスポーツ観戦に訪れた人が落としたお金でまた選手へのキャリア教育を行うことができるような、いい循環をつくりたいと思います」
引退した選手にとって、今はまだ再就職先を見つけるには厳しい環境といえるだろう。しかし、企業に入った元選手が仕事で活躍し、スポーツで培った力が社会でも役に立つということを証明していけば、今後同じように引退して仕事を探す選手にとって就職しやすい環境が整っていくはずなのだ。
そういう意味でアスリートに寄り添い、それぞれに合う就職先をしっかりと見つけていく取り組みはスポーツの、選手の、社会的価値を高めることにつながっているといえる。
■実際のアスリートから見た引退後のキャリア
第2部では、実際に現役を退いた元アスリート3人がどのようにして引退後のキャリアを歩み始めたのかをパネルディスカッション形式で語り合った。
木村悠さん(中央):元プロボクサーで、第35代WBC世界ライトフライ級チャンピオン。プロ転向直後の伸び悩んだ時期に自分の環境を変えるべく、選手活動を続けながらあえて一度就職するという変わった選択を現役中にしている。
藤田太陽さん(右):元プロ野球選手で、2000年ドラフト1位で阪神に入団。3球団を渡り歩き、2013年限りで引退した。引退後は1年間焼肉店でのアルバイトを通して飲食店経営のノウハウを学ぶ。現在は健康食品販売、飲食店事業を行う企業で働く傍ら、野球教室の開催・指導を精力的に行っている。
中川聴乃さん(左):元バスケットボール選手で、現役時代はけがと戦いながらシャンソン化粧品、デンソーでプレーした。現在はアスリートのマネジメント事業を行う会社で業務にあたりながら、自らもBリーグの解説などを務めている。
●サラリーマンと競技を並行して行った理由とそのメリット
木村「プロになればすぐに日本チャンピオンになれると思っていたんですけど、結構初期の段階で負けてしまって。そこで180度自分のやり方を変えないと成長がないと感じたんです。その時に大学時代の友人たちと会う機会があったのですが、彼らは社会に出て2年たって、とても成長していたんです。それで自分も社会に出れば成長できるのではないかと考え、就職しました。慣れるまでは大変でしたが、人とのコミュニケーションや仕事のやり方、進め方をボクシングにも取り入れてみたら、とても効果がありました。限られた時間で練習を行わなきゃいけない環境になったことで、いかに短時間で効率よく結果を出すかを考えながら行う力が養われました。
ただ、自分はボクシングをするために働いていたので、ボクシング9割・仕事1割くらいのモチベーションでした。ですので、ボクシングに影響を与えてしまうような飲み会などには一切参加しませんでした」
●引退後のキャリアを現役のうちに考える理由
藤田「球団から『選手の底上げのために若いやつを使うからちょっと我慢してな』と言われることがあるのですが、これで来年は契約がないのだと分かります。こういった状況がリアルにあるので、実は選手にはその後の備えとして宅建の資格取得が人気だったりします。それ以外では飲食店希望が多いです。でも野球選手は単純な考えの人が多くて、例えば焼肉店を開いたら後輩も先輩も食べに来てくれて、儲かるんじゃないかと。しかし、実際には原価も考えずに出店して2、3年で潰してしまい別の道に進む人も少なくありません」
中川「女子バスケの場合は基本的には社員契約をしていて、引退後はその会社に残ることができます。他のスポーツ競技よりいい条件になっていると思います。
反面、他のことを考える余裕があるなら、少しでもパフォーマンスを上げるということが優先されます。ですので、引退後について考えたいけど考えられないという部分がありました。しかし、バスケ界は昨年度からBリーグが開幕し、全員プロになったので、環境が大きく変わったと思います。引退後を考えていなかった選手も考える必要が生まれました」
●引退を決意した理由とその後の心境
藤田「ヤクルトから戦力外になった後、いいオファーもあったのですが、そこで自分の体の状態のことなど考えました。例えば、もしもう一年自分が活躍できたとしても、残りの人生においてそれがいいことなのか。球団にもらったお金の分をいいパフォーマンスとして返せるのか。今後家族のために何ができるかも含めて考えた時に、引退という決断をすることにしました。
でも引退を自分で決めたはずなのに1カ月半くらいは何もする気が起きませんでしたね。もう野球しなくていいと気丈に振る舞っていましたが、その裏で半ばうつ状態に自分がなるとは思いませんでした。でももう一度、人の前に出て、自分にとってアドレナリンが出ることをしようと考えた時に、リスクを背負って何かに挑戦することだと思い、飲食店経営を目指すことにしました」
木村「私の場合は防衛戦に負けてしまって引退を決意したのですが、最初はボクシングやらなくていいんだ、減量しなくていいんだという思いがあったのですが、じわじわとぽっかり心に穴が開いたような感覚になりました。それを仕事で埋めることはできなくて、本来の自分が取り戻せない状態が続きました。
ただ、私の場合はボクシングを引退してからも会社に残り、他の選手と違ってすぐにセカンドキャリアを考えなくてはいけないという状況ではありませんでしたので、時間がたつにつれて受け入れることができました」
中川「私は現役中ずっとけがをしている状態でした。なので、これで引退を決められると思うとほっとした気持ちになりました。自分がやりたいから続けているというよりも、周りの人たちが応援してくれるから頑張れている部分が大きかったので、解放されたという思いがありました。
やりきったという気持ちがあったので、引退を決めた次の日には何か別の目標が出てくるだろうという感覚でいましたが、実際は現役時代と同等のものを探さなくちゃいけないという頭になっていて、その気持ちと1カ月くらい格闘しました。それからは今後を見据えて、まずは社会に慣れなくてはいけないと考え、パソコン教室に通ったり、東京に出て事務職に就いて働きながら社会経験をしたりして、次の目標を見つけようとしていました。
藤田「自分も中川さんと一緒でパソコン教室に通ったこともありました。恥ずかしい話ですが、操作はもとよりパソコンの電源の入れ方も分からないような状態だったので、当時の自分もパソコン教室に通ってスキルをつけようとしか考えていなかったです。
ただ、経験した上で言えるのは、自分が経営者だったとして元選手の社員に求めるのは資料を作ることじゃないと思うんです。営業力やコミュニケーション能力、あるいはもっとその先にある広がりだと思います。だからクビになって自分のところに来る元プロ野球選手には『自分はプロ野球選手だったと胸を張っていいんだよ』と声を掛けます。ただし、そこから大事なのは人とどんどん会ってたくさんの話を聞いて、頭を下げて知識をつける聞くことだと話します」
木村「自分も引退後何をしたいかまでは考えていませんでしたが、今思うのは競技を終えた先にどうなりたいかを想像する必要があるということです。将来どうなりたいかというのが明確にあればあるほど、現役中に何をすべきなのかが見えてくると思います。それによって競技以外の部分にもモチベーションが生まれ、現状を俯瞰してみることにつながるでしょう。
自分がやっているスポーツに目を向けてしまうと、やはり閉鎖的になってしまいがちだと思います。私はそのことを現役中から分かっていたのですが、自分のしたいことが周りからどう見られるのか、というのを意識してしまい、行動に移せていませんでした。しかし、さまざまな人の話を聞いたり、共感したりすることで次のキャリアが見えてきたのではないかと思います」
引退という場面に直面した時に、選手が本当の意味でそれをすぐに受け入れるのが容易ではないことが3人の元アスリートの話からも分かる。
これまで観客の声援を浴びながら、輝かしい舞台でプレーしてきた選手にとって、長年続けてきた競技をしないという選択は本人たちにも理解しきれないほど、大きな決断なのだ。
そして、その現実と対峙する元選手に寄り添って引退後のキャリアを一緒に考えていくことは、彼らを“選手”として扱ってきた人、全員の責任でもあるのではないだろうか。
これからスポーツ選手を目指す人に対しては先人たちの学びを生かし、引退後のキャリアを考える機会をもっと早い段階で持てるように、社会全体、スポーツ界全体で働き掛けを行っていくことが大切だろう。
【了】
森大樹●文 text by Daiki Mori
記事提供:AZrena
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