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【セミナーレポート】アスリートの競技生活とその後に続くキャリア〜私たちが引退して感じた事

2017年05月20日 インタビュー Written by 吉田 直人

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 2月2日、アスリートのデュアルキャリア形成を支援する「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」が発足しました。同コンソーシアムは、スポーツ庁が日本スポーツ振興センターに事業委託する「スポーツキャリアサポート推進戦略」の一環です。

 “デュアルキャリア”は、これまで主眼が置かれていた“セカンドキャリア”支援に次ぐ、キャリア形成へのアプローチ。これまで“競技キャリア”と“セカンドキャリア”に分断されがちだったアスリートのキャリアプランの考え方を捉え直す取り組みとして、今後の動向に注目が集まっています。

 競技の第一線から退いたアスリートたちが、スムーズに活動の場を移す上で、何が重要か、あるいは、何がネックになっているのか。そしてアスリートの社会的価値とは――。

 4月、それらのテーマについて、キャリアサポートサイドとアスリートサイドの双方が登壇し、議論の場が設けられました。

※「アスリートの競技生活とその後に続くキャリア〜私たちが引退して感じた事」(主催:株式会社RIGHT STUFF、会場:株式会社フォトクリエイト 3階セミナールーム、開催日:4月11日)より

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■課題はアスリートのスキル開発と事業者の連携不足
 4月11日。
『アスリートの競技生活とその後に続くキャリア』と題し、アスリートのキャリア形成に関するセミナーが開催された。サブタイトルは、『私たちが引退して感じた事』。アスリートのキャリアサポーターと、元アスリート。2つの立場から、“アスリートのキャリア形成”という大きなテーマに迫るというものだ。

 キャリアサポートサイドの登壇者は、菊池康平氏(株式会社パソナ/スポーツメイト事業)と藤井頼子氏(株式会社山愛)。ともに各社にてアスリートのキャリアサポートを行っている。
 アスリートサイドからは、藤田太陽氏(元プロ野球選手)、中川聴乃氏(元バスケットボール選手)、木村悠氏(元プロボクサー)の3名。競技引退後、それぞれ活動の場を変えて今に至る。

 セミナーは2部構成。前半はサポートサイドの2名による、アスリートのキャリア支援への取り組みについて。後半は元アスリートを交えたパネルディスカッションだ。
 前半の菊池氏、藤井氏によるセッションでは、それぞれが従事するキャリアサポートの取り組みについてプレゼンテーションが行われた。

 プロサッカー選手を目指して世界15カ国を回り、ボリビアでプロ契約を果たすなど異色の経歴を持つ菊池氏。
 パソナ株式会社スポーツメイト事業では、アスリート個々人に対しての職業紹介にとどまらず、チーム全体と向き合うことによって、就職情報やキャリアプランの作成に関するノウハウの伝達効率化に努めている。
 しかし、「就職の間口はチーム全員とはいかない」(菊池氏)というのが現状だ。要因はビジネススキルの不足。結果として企業とのマッチングが円滑に進まないことも多いという。

 藤井氏の勤務する株式会社山愛は、印刷事業と並行してアスリートのキャリアサポート事業を展開している。菊池氏のプレゼンテーション同様にアスリートのスキルアップを課題としつつも、雇用サイドにも目を向け、「受け入れ先企業の開拓も重要」(藤井氏)と話した。
 他方で「キャリアサポート支援を、いろいろな事業体が行っていることで、業界内の連携を図りづらい」(藤井氏)という側面もあり、その観点から、前述のスポーツ庁による取り組みは、“牽引役”として期待が高まっている。

■試行錯誤、紆余曲折の先に見えてきたもの
 続いて、元アスリート3名を交えたトークセッションへ移行。

 藤田氏、中川氏、木村氏の3名は、競技者としての第一線を退いた直後は、ある種“燃え尽き”のような状況に陥ったという。
「(引退直後は)気丈に振る舞っていましたが、何もやる気が起きない状態」(藤田氏)
「今までバスケットに熱を注いできていたので、やりきった感じがあって。同等のものを次に探さなくてはいけないという頭になってしまっていました」(中川氏)
 必ずしも、引退直後にセカンドキャリアへスムーズに移行できるわけではない。3名の元アスリートは、引退後、試行錯誤を重ねながらネクストステップを模索してきた。

 焼肉屋のアルバイトを経て、現在CIFA(シーファ)株式会社にて飲食店経営の事業に携わる傍ら、全国を飛び回って野球教室を開催する藤田氏。
「僕の心が一番燃えるのはやはり野球。会社では、野球を通じて得たいろいろな人脈を紹介して、そこから先は営業担当に任せて仕事に結びつける。野球教室ではかなり厳しい練習をするんですけど、一人でも多くプロ野球選手を輩出したいというのが目的ですね」(藤田氏)

 中川氏は、故障を機に引退後、OL経験を経て、現在は株式会社ジャパン・スポーツ・マーケティングにてスポーツ選手のマネジメント業務等に従事している。
「引退後1カ月くらいは、『バスケと同等の目標を見つけなくては』、という葛藤がありましたが、段々冷静になってきて、まずは社会に慣れないといけないな、と。PCも全く触れなかったんです。東京に出てきて、ちょうど良いタイミングで事務職のポジションを頂いたので、社会人経験をしながらスキルを磨いて、その期間で次のステップを見つけようと思ったんです」(中川氏)
 事務職としてグッズメーカーに入社し、業務をこなしていた中川氏。しかし、時が経つにつれて、バスケの世界に戻りたいという思いが頭をもたげてくる。転機が訪れたのは、働き始めて半年にさしかかるころだった。
「そんなタイミングで、(2015年に)Bリーグの関係者にグッズを提供するという話があって。お話をさせてもらった時に、『来年(2016年/Bリーグ開幕)はバスケット界が大きく変わる。やりたいことがあるなら連絡をくれ』と言われて。その日に即連絡して、実はバスケに携わりたい、と。そこでBリーグのチームマネジメントをしていくか、プロダクションに所属して広報としてバスケを盛り上げていくかという提案を受けました。ケガで自信を無くしていた中で、広報的な立場が自分に務まるのか、という思いもあったのですが、今回を逃すともうこの仕事は無いなと思って、後者を選択しました」(中川氏)

 木村氏は、他の2名とは異なり、ボクサー時代から商社マンとの二足のわらじを履きながら、WBC世界ライトフライ級王者などの偉業を成し遂げてきた。
 しかし「あくまでボクシングのために仕事をしていた。ボクシング9割、仕事1割。現役生活を終えた後に何をやりたいかまでは考えていなかったですね」と振り返る。
「昨年いっぱいは元の商社に勤めていましたが、今の会社である株式会社FiNC(フィンク)から『アスリートサポート事業をやる』と声を掛けてもらって、2月からスタートしたところです」(木村氏)
 木村氏がアスリートのサポートに関心を持った契機は、商社への入社前にさかのぼる。
「当時、ボクシングをやりながらできる仕事環境を探していたのですが、なかなか見つからない。そんな時にアスリートのキャリアサポートをしている人に出会って、彼が必死に就職先を探してくれたんですね。自分自身が救われたし、その人のおかげで世界チャンピオンになれたと思っています。そんな経験もあって、自分が人にきっかけを与えて、行動変容を促していきたいな、と」(木村氏)

 3名に共通していることは、それぞれが続けてきた競技が、結果としてネクストステップの糧になっているという点だ。
「胸を張って、『自分はプロ野球選手でした』と。それでいいと思うんです。何が大事かっていうとやっぱり人間性。人にドンドン会って、話を聞いて、頭を下げてでもいろんな知識をもらって。(ビジネススキルが無いからと)PCと向き合うのもすごく大事なんですけど、それよりも人に会う。それが大切だと思いますし、そういう場を提供していきたい」(藤田氏)

■“元アスリート”は価値である。重要なことは“伝える力”
 今回のセミナーには、スポーツビジネスに関心のある学生、既にアスリートのキャリアサポートに従事する人、これから同事業に着手しようとしている人など、幅広い参加者が集まった。
 アスリートのキャリア形成に課題を感じている人々も多く、的確な質問が飛ぶ。

——『支援してほしい』と言うが、アスリート自身が自分に何ができるのかを深く考えていない場合もあるのではないか。アスリートが社会に提供できる価値とは何か?
 登壇者が答えに窮する場面もあったが、ポイントになった言葉は、“伝える力”だ。
「アスリート自身が経験したり、自分の目で見てきたものにこそ価値があると思うんです。さまざまな経験をされていると思うので、それを企業や社会に伝えていく力が大事なのではないでしょうか」と藤井氏は言う。
 アスリート側に立つ3名からは、“被観戦者”として過ごしてきた立場ならではの声があがった。
「アスリートは本気で頑張る姿を見せてくれる。引退後も試合を観に行くと、その姿から得る気付きは多いです」(木村氏)
「“観る側がどう感じるか”を考えることが大事なんじゃないかなと思うんですよね。例えば野球を知らない人を感動させるにはどうするべきか」(藤田氏)
「一つに賭けている思いを、周囲に見てもらえるのがスポーツ選手ならではの立場だと思います。ただ、アスリートは人にサポートしてもらうことを求めてしまいがちに思う。自分たちの価値をどう上げて、どう周囲に(価値を)伝えていくか。選手たちがやっていかなくてはいけない部分かなと強く感じています」(中川氏)
 アスリートは、周囲に見られる存在である。だからこそ、自分の価値をどうアピールしていくかを現役時代から常に考える。その蓄積が、第一線を退いた後にも生きてくる。3名の言葉に通底する思いだ。

■キャリアサポートビジネス、支援者と被支援者の実情
 参加者からの質問が続く。

——事業者が乱立しているのが逆に問題という話があった。ではキャリア支援において、“刺さる事業”とは何か?
 セカンドキャリア形成やデュアルキャリアの事業を運営していく上で、ネックになるのは費用面。引退後の研修費等を誰が支出するのか。選手個人、チーム、リーグ…。ビジネスとして捉えると、収益面や資金面の課題がついて回り、民間企業や各競技協会は手を挙げづらい現状があるという。
 藤井氏は、再びスポーツ庁による「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」に触れ、「そういった機関が一つのメッセージを提示してくれると、私たち民間企業もサポート事業の方向性を定めやすい。足並みをそろえることができます」と話した。
 一方、アスリートサイドから見ると、“内側”にも課題はあるという。
「NPB(日本野球機構)の選手会でもよくそういう話が出るんです。ただ、民間企業に入ってもらう以前に、NPB側が何をしたいのか、ハッキリしていない。そんな状況では、企業に対して『出資してほしい』といったPRはできないと思います」と藤田氏が言えば、
「選手自身の成功例が出るのが一番重要だと思っています。中田英寿さんとか為末大さんとか、アスリートでもビジネスマインドを持っている人がいる。これからの時代、アスリートでありながらも、ビジネスや政治の世界で結果を出すという人が出てくれば、人々のマインドも変わってくるんじゃないか、と思うんです」(木村氏)という言葉も。
 プレーヤーサイドの意識改革。そして、サポートサイドが軌を一にすること。それがアスリートのキャリア形成を促す上での両輪になる。

■「何をしたいのか…」、自分の心に向き合う大切さ
 閉会後、
「アスリートの生の声を聞くことができ、参考になった」
「この問題に対して興味をもっている人が多いことに驚いた」
といった声の一方で、「セカンドキャリア形成の問題点だけでなく、成功例も存在する。その実例を伝えていく場を増やしていく必要性もあるのでは」という言葉も。

 セミナーの翌日(4/12)にフィギュアスケートの浅田真央選手が引退会見を開いたが、その後も、各競技界でアスリートの引退報道が相次ぐ。

 今回のセミナーに現役アスリートの参加者は少なかったが、中川氏は言う。
「外を見ていろんな人と会話したり、(今回のような)セミナーに参加したりすると、解消される悩みもあると思うんです。話のボリュームも広がるし、目先のことだけじゃなくて、セカンドキャリアも含めて一歩先が見えてくる。本を読むのも一手ですよね。現役中、私もそれは分かっていたんですが、どうしても周囲の目を気にしてしまって。自分はこうしたいのに、周りからどう思われるかな、と。いろいろな発想をすることで次のステップが見えてくると思うので、周りを気にせず、自分の心に向き合って進んでほしいなと感じています」(中川氏)

 今回のセミナー内では、アスリートに対するキャリアビジネスにおける課題、あるいは元アスリートのキャリア形成プロセスについての話が主となり、スポーツの指導現場における教育への言及は少なかった。しかしながら、デュアルキャリアへの意識を醸成するには、若年におけるスポーツ教育の段階から浸透させていく必要があるだろう。

 前述の通り今回は現役アスリートや指導者の参加は少なかったが、一部では、キャリア形成への意識を持ち、行動に移そうとするアスリートに対する冷ややかな目線もあると聞く。本セミナーを主催した株式会社RIGHT STUFFの河島徳基氏は、「根本的には教育者を教育しないといけない」と話した。もちろん、競技の面も無視はできないだろう。しかし“ポスト競技生活”を志向する選択権は、アスリートの側にあるはずだ。先般取りまとめがなされた、いわゆる“日本版NCAA”構想においても、スポーツ教育制度の拡充がタスクフォースに盛り込まれている。現状への課題意識を持つ人々による議論にとどまらず、スポーツ指導の現場へいかに落とし込むか。アスリートだけでなく、スポーツビジネスサイドにも、いま一度“伝える力”が求められているのではないだろうか。

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<登壇者プロフィール>
菊池康平(きくち・こうへい)
1982年7月27日生まれ。海外でプロサッカー選手になる夢を達成するべく、大学時代より複数の国の海外チームに飛び込みで挑戦。2008年に会社を1年休んで渡ったボリビアでプロ契約を果たした。現在は16カ国でサッカーに挑戦した経験を夢先生などの活動を通して子どもたちに伝えている。また、株式会社パソナのスポーツメイト事業にてアスリートへの就労支援に従事。
HP:http://soccer-dojoyaburi.spo-sta.com

藤井頼子(ふじい・よりこ)
関西大学社会学部卒業後、近畿日本鉄道株式会社(現・近鉄グループホールディングス株式会社)入社。流通事業本部、秘書広報部を経て、2015年3月退職。2015年5月、株式会社山愛へ入社。アスリートのキャリア支援事業に携わる。GCDF-Japanキャリアカウンセラー。国家資格キャリアコンサルタント。

藤田太陽(ふじた・たいよう)
1979年11月1日生まれ。元プロ野球選手。
秋田県立新屋高等学校
川崎製鉄千葉(現JFE東日本)硬式野球部
1999年シドニーインターコンチネンタルカップ日本代表 最優秀投手賞受賞
2000年ドラフト阪神タイガースドラフト1位
2009年西武ライオンズ移籍
2013年ヤクルトスワローズ入団 同年引退

中川聴乃(なかがわ・あきの)
長崎県出身。元バスケットボール選手。
2004~2006年 桜花学園高校
2006~2013年 シャンソン化粧品
2013~2015年 デンソー
(代表歴)
2007年 ナショナルチームA アジア選手権3位
2006年 ナショナルチームA ドーハアジア大会3位
2006年 U-21        世界選手権10位
2005年 U-20        アジア選手権準優勝
2003年 U-18        アジア選手権3位

木村悠(きむら・ゆう)
1983年11月23日生まれ、千葉県出身。元プロボクサー。
第35代WBC世界ライトフライ級チャンピオン。仕事とボクシングの両立で「商社マンボクサー」として注目を集め、日本チャンピオンを3度防衛した後、日本タイトルを返上して世界タイトルマッチに挑戦。絶対不利の予想の中、奇跡的な大逆転で勝利して世界チャンピオンとなった。現役で商社に勤めながら世界チャンピオンとなるのは異例中の異例。その後、初防衛戦で敗戦し引退を表明。現在は講演活動や執筆、メディア出演等をしながらボクシングでの経験を活かして活動中。

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【了】

吉田直人●文 text by Naoto Yoshida
1989年生まれ。中学~高校まで陸上競技部に所属。大学時代は学内のスポーツ新聞記者として活動し、大学駅伝やインターカレッジを始め、陸上競技を中心に取材。卒業後、2012年より広告代理店にてインターネット広告業務に従事。2016年に退職後、現在フリーライターとしてスポーツを中心に活動中。


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