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NHLデトロイト・レッドウイングスが競技人口拡大を目指して始めた施策とは?

2017年03月01日 コラム Written by 谷口 輝世子

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 親に連れられた小さな子どもたちがロビーにあふれ返っていた。筆者の住む米国ミシガン州デトロイト郊外のアイスリンクだ。ロッカールームに入りきれない小さな子どもたちが真新しいバッグから、新品の小さなスケート靴、新しい防具一式を取り出し、親の手を借りて練習の支度をしていた。

 彼らは5~8歳で、NHL(北米プロアイスホッケーリーグ)、デトロイト・レッドウイングスが主催する「リトルウイングス」というプログラムに参加している子どもたち。このプログラムの特徴は、参加者に、アイスホッケーを始めるために必要な用具が、新品で支給されることだ。支給される用具は、スケート靴、ヘルメット、ショルダーパッド、グローブ、エルボーパッド、ホッケーパンツ、シンガード、ホッケーソックス、ホッケースティック、バッグ、ジャージーである。

 参加費用はアイスリンクでの6回の練習込みで100ドル。無料ではないが、格安の金額であることは間違いない。新品でアイスホッケーの道具一式をそろえる場合は、子ども用の低価格なものを選んでも100~200ドルはかかる。アイスリンクの1時間の貸し切り料金は数百ドルが相場であり、通常の練習では一人あたり10~20ドル程度の負担になるのが一般的だ。

 100ドルの参加費で、6回の練習と新品の用具一式を提供することは、レッドウイングスにとっては赤字だろう。しかし、レッドウイングスは、この競技人口拡大を目指すプログラムを慈善事業ではなく、中長期的に見れば十分に採算が取れる事業だとにらんでいる。

 レッドウイングスの本拠地ジョー・ルイス・アリーナの経営者であるオリンピックエンターテインメントのCEOトム・ウィルソンは、このように語っている。

「手頃な金額で用具とアイスリンクを提供することによって、私たちのスポーツを新しい世代に紹介できればと望んでいます。そしてアイスホッケーへの愛情、レッドウイングスへの愛情を彼らの心に染み込ませることができればと思っています」

 1人の幼児が新しくアイスホッケーを始めることで、数人の観客動員増を期待できるといわれている。アイスホッケーを始めた子どもは、地元のプロチームであるレッドウイングスの試合に関心を持ち、観戦してみたいと親に訴えることだろう。幼い子どもだけではプロの試合を観戦することはできない。親や祖父母ら、誰かが付き添うことになる。家族そろって観戦することになるかもしれない。プログラムの赤字分は、こうした数人の観客増で相殺されるはずだ。

 競技を始めることは、そのスポーツを観戦したい気持ちを誘発する。自らの経験したスポーツであるほど、観戦しているときに選手の動きをより一層、自分自身のものとして感じることができるからだ。

(練習に参加する子供どもたち(米国ミシガン州ファーミントンヒルズ市))

 競技人口を拡大していくにあたってアイスホッケーは不利な点がある。「初期費用」が必要な種目だからだ。ボールとすね当てさえあれば始められるサッカーなどと比べると明らかに不利だろう。親も「子どもがすぐに飽きてやめてしまったら、道具をそろえるだけお金がもったいない」と考える。

 その初期費用のハードルを低くするのが用具の支給だ。アイスホッケーチームでは、リサイクルやお下がり品などで新しくアイスホッケーをする子どもたちを支援していることが多いが、やはり新品というのは幼い子どもにとっては格別なものだろう。

 用具の試着の場を提供しているアイスホッケー専門店は「アイスホッケーは素晴らしいスポーツだが、新しく始める子どもや家族にとってはハードルがある。このプログラムは新しくアイスホッケーを始める子どもとその家族にとって、そういったハードルを低くし、ローコスト、リスクフリーで機会を提供するもの」だとしている。

 リトルウイングスプログラムはスタートしてから3年目。子どもにアイスホッケーを経験してもらうことが目的のため、過去に参加したり、他地域で参加したりした子どもは申し込むことができない。申し込みは先着順。今シーズンは、開催地となった6つの会場ではどこもソールドアウトになっている。
レッドウイングスは、この「投資」によって、どこまで観客動員増として「回収」できているか、今後、精査していくことになる。

【了】

谷口輝世子●文 text by Kiyoko Taniguchi

1994年にデイリースポーツに入社し、日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のスポーツ事情をお伝えします。著書『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店、『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)、分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)。


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